足元に川が眠る、52年目の緑道
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街並み 九品仏川緑道 (自由が丘駅南口起点) 読 2分

足元に川が眠る、52年目の緑道

石張りの歩道がゆるやかにカーブしている。その形は川の流れをそのまま写している。九品仏川緑道は1974年に暗渠化された旧九品仏川の跡地に造られた、延長約1.6kmの道。今年で52年目を迎える。

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石張りの道が曲がる理由

自由が丘駅南口から歩き始めると、すぐに石張りの歩道が弧を描きはじめる。まっすぐではなく、やや曲がりながら東西に延びる。

その形には理由がある。道は川だった。

九品仏川緑道は、かつてここを流れていた九品仏川にふたをして造った道だ。1974年(昭和49年)の暗渠化から、今年で52年になる。三菱地所の紹介資料は、この緑道を「自由が丘駅と浄真寺・奥澤神社を結ぶアメニティ空間」と位置づけている。道の曲がり方のひとつひとつが、地形の記憶をそのままなぞっている。

川は今もそこにある

旧九品仏川の流路を追うと、その道のりが浮かんでくる。等々力六丁目南交差点西側を起点に、両区にまたがって流れ、東京科学大学付近で呑川に合流する。延長2.61kmの二級河川で、呑川水系の支流にあたった。

地名のもとになった浄真寺の「九品仏」は、今も川の名と緑道の名として街に刻まれている。

現在の緑道は延長約1.6km、道幅約13メートル。目黒区の公式資料によれば、目黒区が管理する区間は約921.4メートルで、自由が丘1丁目5番から東が目黒区、西が世田谷区の担当になる。ソトノバの踏破調査によれば、ちょうどこの境界付近にある自由通りが、管理上の分岐点でもある。

西・中央・東、三つの顔

一本の緑道でも、場所によって空気がちがう。

ソトノバの踏破調査によれば、西側(浄真寺から東横線高架下あたり)は閑静な住宅街の中を抜け、一人用ベンチが中心の構成。中央部の自由が丘エリアはベンチが満員になるほど人が滞留する空間として機能している。東側の緑が丘駅付近では舗装されていない部分もあり、緑道より車道側を歩く人が多くなる。

東急の公式サイトも「自由が丘駅近くはベンチがたくさんある」と紹介している。春にはウコンザクラやソメイヨシノが咲き、ハナミズキも沿道に植えられている。自由が丘駅南口付近は、春に桜並木が続く区間だ。

川の記憶は消えない

2025年9月11日の集中豪雨。内水氾濫が起きて、緑道沿いの商業施設に被害が出た。

川を埋めても、雨水は同じ地形を流れようとする。52年前にふたをした川の記憶が、地下から浮かび上がる瞬間だった。

もうひとつ、記録がある。1960年。駅前工事に伴い、周辺30軒が不同沈下被害を受けた。自由が丘の地面の下には、そういう歴史が何層にも重なっている。

52年目の5月を歩く

自由が丘駅から緑道の終点まで1キロ弱。5月の新緑の中を、石張りの道が延びている。

川が流れていた時代を知る人はもう少ない。でも道の形は変わっていない。52年間、同じ弧を描きながら、街の東西をつないでいる。何度でも歩き返せる道が、南口のすぐそこにある。