1948年から本が回り続けている古書店 — 西村文生堂、自由が丘2-11-8
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街並み 目黒区自由が丘 2-11-8 読 2分

1948年から本が回り続けている古書店 — 西村文生堂、自由が丘2-11-8

梅雨の午後、自由が丘2-11-8の白と黒の店内に、洋書が背を並べていた。 3代目の言葉が、Hanakoの記事に残っている。本が循環するから、古本屋が成り立つ、と。

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梅雨の午後、白と黒の店内に

6月の終わり、自由が丘の街は梅雨の途中だった。 駅から、自由が丘2-11-8へ向かう道。雨の合間に、本の背が窓越しに見えた。

2020年のHanakoの記事には、店内が白と黒を基調としたシックな内装、と書かれている。 古書店、と聞いて思い浮かべる景色とは少し違う。

西村文生堂。1948年からここにある古書店。

78年と、3代目の継承

公式サイトによれば、創業は1948年。 3代目の西村康樹さんが店を継いだのは22歳のとき、と2020年のHanakoの記事にある。

当時、店の経営はかなり悪化していて、一時的に閉店に追い込まれていた、とも書かれている。 そこから出版関係やインテリア関係の人脈を広げて、古書販売とは別に、ブックコーディネートという部門が立ち上がった。

本をコンセプトにした空間コーディネート。 カフェ、アパレル、オフィス、映画やドラマのセット。 Hanako取材時点では、年間1,000件以上を手掛けている、とある。 店内には、ディスプレイ用のダミーブックが1,000円から並ぶ。 本そのものではなく、本のかたちをした空間の部品。 古書店という業態に、別の入口が一つ増えていた。

本が循環するから

Hanakoの記事の中に、西村さんの言葉が直接引用されている。

「本がそんなふうに循環するからこそ、古本屋が成り立つ」

買い取って、並べて、また誰かの本棚へ。 あるいは、レストランの壁面や、ドラマのセットの背景へ。 古書という品物が、街と街、棚と棚を渡り歩いて、また戻ってくる。

78年というのは、その循環が78回繰り返されたという意味でもある。 継いだ時点で経営が悪化していた店が、循環を止めずに済んでいる。 それは、本が回り続けているということと、たぶん同じことだ。

棚に並ぶ分野

「日本の古本屋」サイトの取扱分野欄には、こう並んでいる。 哲学宗教、歴史、自然科学、美術工芸、外国文学、古典籍、趣味、外国書、サブカルチャー、古書一般。

Hanakoの記事には、洋書、写真集、全集、美術書、インテリア本、雑誌、浮世絵、アメコミ、とある。 デザイナーやスタイリストが訪れる店として知られている、とも書かれている。 自由が丘振興組合の店舗紹介には、作家や研究家、編集者といった専門家にも利用される、とある。

棚の幅が、そのまま街に流れていく本の幅でもある。 古典籍の隣に、アメコミ。写真集の隣に、サブカルチャー。 分類の境目を、棚があまり気にしていない。

街の編集長を兼ねて

もうひとつ。 西村さんは、自由が丘商店街振興組合が発行する「自由が丘オフィシャルガイドブック」(隔年発行) の編集長を、2010年頃から務めている、とHanakoの記事にある。 商店街の公式ガイドブックとしては日本最大の発行部数、とも書かれている。

古書店で本を回しながら、街そのものの本も編んでいる、ということになる。 産業能率大学では、自由が丘の地域連携・促進をテーマに兼任講師も務めている、と「日本の古本屋」サイトにある。

本と街が、同じ机の上で扱われている。 1948年からの古書店が、街の編集の机を兼ねている、というのは、たぶん偶然ではない。

78年、今日も回っている

Hanakoの記事の末尾に、もうひとつ、西村さんの言葉がある。

「目標は死ぬまで古本屋でいること」

棚から棚へ、本が渡り歩く。 1948年から、その動きが止まったことはない。 営業は11:00から19:30、と公式サイトにある。無休、ともある。

教えたい気持ちと、教えたくない気持ちが、半分ずつ。 雨が止んだら、もう一度、白と黒の店内に入る日があると思う。