シャモニーから持ち帰った山の名 — 自由が丘モンブラン、5月31日に仮店舗最終日
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飲食 自由が丘1-25-13 (モンブラン 仮店舗) 読 2分

シャモニーから持ち帰った山の名 — 自由が丘モンブラン、5月31日に仮店舗最終日

自由が丘駅正面口から20メートル。1933年創業の洋菓子店「モンブラン」が、仮店舗での営業を5月31日(日)に終える。 6月1日から約3ヶ月の休業を経て、9月に開業する複合施設「自由が丘ミューズスクエア」1階で新本店を開く。 日本のモンブラン発祥の店が、1945年の自由が丘移転からひとつの章を更新する週だ。

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5月31日、ひとつの章が閉じる

自由が丘駅正面口を出て、まっすぐ20メートル。その角に、黄色いマロンクリームを山肌に見立てたケーキを、91年前から焼き続けている店がある。

「モンブラン」。1933年創業の洋菓子店が、現在の仮店舗での営業を5月31日(日)で終える。翌6月1日から約3ヶ月、店は静かになる。次にこの名前の店が動き出すのは、9月、自由が丘駅前に開業する複合施設「自由が丘ミューズスクエア」の1階だ。

仮店舗の営業時間は11時から18時30分。定休は火曜と不定休。営業情報は公式サイトで公開されている。

シャモニーから三谷町、そして自由が丘へ

創業者の名前は迫田千万億。洋菓子職人で、山登り愛好家だった。

フランス・シャモニーでモンブラン山を目にした迫田は、その場で決めた。「この美しい名前の店をやりたい」。現地のホテル モンブランの支配人とシャモニー市長を訪ねて許可を取り、商標登録まで済ませて帰国した。

1933年3月、目黒区三谷町で店を開いた。日本で「モンブラン」という名前のケーキを売る店は、この一軒だけだった。

迫田は、山そのものをケーキに翻訳した。栗の甘露煮から練り上げたマロンクリームで岩肌を、カステラを土台に、メレンゲで万年雪を。戦前の砂糖は貴重だった。試行錯誤の末、日本人向けの持ち運べるモンブランが完成する。

戦争の強制疎開で、三谷町の店は閉じる。再開の地に迫田が選んだのは、自由が丘だった。「文化人や芸術家が多く、舌の肥えた人が集まる街だから」。店の歩みには、そう記されている。1945年10月、現在地で再開業。1947年12月に株式会社化。それから現在まで、店は同じ場所で動き続けている。

駅から20メートル。たいていの自由が丘の住民が、この赤い看板の前を週に何度か通っている。

山の形をした、6層のケーキ

看板のモンブランは、創業当時から構造を変えていない。

カステラの土台を中央でくりぬき、そこにカスタードクリームと、丸ごと1個の甘露煮の栗を沈める。フチに沿ってバタークリームを細く一周絞り、上から生クリームをかぶせる。仕上げに、黄色いマロンクリームを「おだまき絞り」で山肌に。頂上に白いメレンゲを置く。

黄色は山肌、白は万年雪。シャモニーで迫田が見た山の高度差が、直径10センチに満たない一個のケーキに収まっている。

栗は、愛媛県産の中山栗。契約農家が傾斜地で育てる。余分なつぼみを間引いて、厳選した実に栄養を集中させる育て方をする。生クリームは北海道産。「構成要素と軸は変えず、材料と製造環境はずっとブラッシュアップしている」というのが、この店の流儀だ。

商標を抱え込まなかった店、東郷青児の包装紙

迫田は、シャモニーで取った商標を、日本で「モンブランというケーキの名前」としては登録しなかった。だから日本中の街に、形も色も違う「モンブラン」がある。自由が丘1-25-13のこの店が、その出発点だ。

商標を抱え込まずに、業界全体の地面にした。街がこの店を「品格のある一軒」と呼んできた理由のひとつが、ここにある。

包装紙の美人画は、昭和を代表する画家・東郷青児の作品だ。店内空間は、2023年にIDPA日本国際パイオニアデザイン賞の金賞を受けた。ティールームは通常100席。包装紙を見た瞬間に「あ、自由が丘の」と分かる東京の人は、決して少なくない。

9月、駅前の1階で、章が更新される

9月に開業する自由が丘ミューズスクエアは、地上15階・地下3階建ての複合施設。地下1階から地上5階までが商業ゾーンで、全59店舗が入る。モンブランはその1階に、既存店からのリニューアル形式で出店する。

公式発表によれば、新店ではできたて提供のデザートメニューを刷新し、伝統の焼き菓子も並ぶ。コーヒーはドイツ製の最新エスプレッソマシンで淹れ、サロン空間でゆっくり過ごせる。

ただし、それは9月の話だ。

6月、7月、8月。3ヶ月のあいだ、駅正面口を出てまっすぐ20メートル進んだ角に、黄色いマロンクリームの山はない。

5月31日(日)、11時から18時30分。仮店舗のショーケースに並ぶのは、シャモニーから91年をまたいで運ばれてきた、同じ構造のケーキだ。同じ甘露煮の栗が、同じ位置に沈んでいる。

6月以降、あの角を曲がっても、店の扉は静かに閉じている。9月、新しい1階のショーケースの前に立つまで、自由が丘の街は少しだけ静かになる。