「自由が丘から駒沢公園の景色」が18歳の少年に残った — モンサンクレール、街に憧れて28年
18歳のとき、田園調布の店からランニングで駒沢公園まで走った。 途中で見た自由が丘の景色が、ずっと頭に残っていた。 そこから店を開くまで十数年。開いてから28年。 自由が丘2丁目22番、モンサンクレールの話。
18歳の少年が、走りながら見た街
辻口博啓は1967年、石川県の和菓子店の長男に生まれた。 家業を継ぐ道もあったところで、若い頃にパティシエの世界へ移っている。
18歳の頃、田園調布の店に勤めていた。 店からランニングで駒沢公園まで走ることがあった。 途中に自由が丘がある。 道沿いに並ぶ店、街路樹、人が歩いている景色。 その景色を見て、いつかこの街で自分の店を開きたいと後に語っている。
そこから十数年が過ぎる。 1990年、23歳で全国洋菓子技術コンクール最年少優勝。 1996年、フランス・ソペックス菓子協会主催コンクール優勝。 翌1997年、クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー、飴細工部門で個人として1位の得点。
「お金も地位も名声もなかった。コンクールで勝つしか道はなかった」 本人がのちに別の取材でそう述べている。 受賞歴を積み上げた先に、1998年3月20日、自由が丘2-22-4にモンサンクレールが開く。 18歳で景色を見てから、店を開くまで十数年。
看板の名は、受賞作からとった
ショーケースの中央に「セラヴィ」がある。 1996年、ソペックスで優勝した時の作品の名前を、開店時の看板商品にそのままつけた。 ホワイトチョコレートに、ピスタチオのスポンジ、ラズベリーのムース。 価格は820円。 「モンサンクレール」という店名と同じ名前のケーキは880円。
ショーケースは、子どもの目線に合わせた高さで作られている。 背の高い大人が屈んで覗き、子どもがそのまま顔を寄せる。 小さな手がガラスの前で止まる時間が、毎日この店で繰り返されている。
開店してしばらく、雑誌の早い掲載で評判が広がった。 その後、テレビの料理番組への出演後に、店の流れに変化があった。 来客が増え、行列ができた。 路上駐車が増えた時期もあった。 1998年の開業から今日まで約30年。課題に向き合いながら店は続いている。
開業以来貫いているのは「毎日作りたて、余ったら廃棄」。 翌日に持ち越さない。 これを28年間続けている。
街での位置 — 駅から南へ、住宅地に近づく場所
住所は自由が丘2-22-4。 駅から南へ少し歩くと、商店街の賑わいが少しずつ住宅地に変わっていく辺りに店がある。 営業は11時から18時、サロンのラストオーダーは16時。 定休日は水曜日 — 6月で言えば3日、10日、17日、24日。
水曜に来た人がガラス越しに中を確認して引き返す姿も、この店の周辺の風景の一部になっている。
スーシェフは八代真秀。 看板の脇では、5月末から AWA KO-RI、レモンスカッシュ、ミクサージュといった夏の新作が並び始めた。 セラヴィのような28年動いていない定番と、季節ごとに入れ替わる新作。 ショーケースの中で、両方が同時に並んでいる。
28年 — 街の世代1周期分
1998年に開いた店が、2026年で28年目。 自由が丘の街でいえば、子どもだった世代がもう親になっている時間幅にあたる。 小さい頃にショーケースを覗き込んだ子が、自分の子を連れてもう一度同じガラスの前に立つ。 それが起きるだけの時間が、この店の中で経過している。
その間に、辻口は活動の幅を広げている。 2014年、海外初店舗としてモンサンクレール ソウルが開いた。 2015年、インターナショナルチョコレートアワード世界大会金賞。 専門家団体 Club des Croqueurs de Chocolat による評価で、2013-2018年と2023-2025年、合計9回連続でトップ評価を得ている。 2019年にはベスト オブ ベスト アワードを受賞。 製菓専門学校の校長、日本スイーツ協会代表理事の肩書も持ち、後進の育成に時間を割く比重が増えている。
それでも本人は、自由が丘を「第二のふるさと」と呼ぶ。 故郷は石川県だが、店を構えてから今まで、街と過ごした時間がもう一つの故郷になった。 12ブランドに広がった事業の起点は、いまも2-22-4のショーケースの前にある。
街と一緒に、もう一周
水曜以外の昼、駅から南へ歩いて住宅地の入口に近づくと、白い外観の店が見える。 ガラスの中で、セラヴィが今日もホワイトチョコレートとピスタチオで組み上がっている。 1996年の作品が、2026年も同じ場所に並んでいる。
ショーケースの低さは、最初に来店した子の身長に合わせていたわけではない。 それでも、覗き込む子は28年間ずっと現れ続けてきた。 覗き込んだ子の世代がもう一周回って、また同じ位置に小さな顔が並ぶ。
18歳で景色に憧れた人が、その街で59歳になった。 店は、街の景色の一部になった。 2-22-4のショーケースは、今日も子どもの目線の高さでそこにある。