90年、街の写真屋として — ポパイカメラと自由が丘の時間軸
駅正面口から徒歩2分。1936年から街と並んで歩いてきた写真屋が、ポパイカメラだ。デジタルが当たり前になった2005年、自分たちの形を作り直した。フィルムと、棚いっぱいの写真雑貨と、現像のときに自動補正を切る職人の手。街が変わっても、街の写真屋であり続けるための選び方が、ここにある。
90年という時間
1936年、昭和でいえば11年。自由が丘の駅前にひとつの写真屋が開いた。それがポパイカメラの始まりだ。2026年の今年で、ちょうど90年になる。
90年と書くと、ただの数字に見える。けれど街の側に置いてみると、見え方が変わる。自由が丘駅前商店街が形を整え始めたのが昭和初期。戦中、戦後、復興、高度成長、バブル、平成、令和。街の景色がそのつど書き換えられていく中で、この写真屋はずっと駅正面口の近くに居続けた。親子3代。代替わりはあっても、看板は同じ「ポパイカメラ」のまま。
90年の写真屋、と言葉にして、少し立ち止まる。街の写真館ではなく、街の写真屋。撮るのではなく、現像する側で90年。これは少し珍しい話だ。
2005年、自分たちで形を作り直した
ターニングポイントの年がある。2005年ごろ。
それまでのポパイカメラは、DP — つまり現像とプリント — を中心にした、いわゆる「街の DP 屋さん」だった。フィルムを持ち込めば現像してくれる、家族写真のアルバムを買いに行く、そういう店。だが2000年代に入ると、大手量販店の登場とデジタルカメラの普及が重なり、街の DP 屋という業態そのものの足元が揺らいだ時期だ。
このとき、ポパイカメラは閉めるのではなく、自分たちの形を作り直す選択をした。フィルム現像という核は残したまま、店内の棚を写真雑貨で満たした。オリジナルのネガファイル、カメラバッグ、ストラップ、フィルムケース、アルバム、マスキングテープ。中古のフィルムカメラを並べ、トイカメラやコンパクトカメラを揃えた。気がつくと、外から見ると雑貨屋にも見える写真屋になっていた。
3代目店主の石川さんはこの転換について、CAPA の取材で「2005年頃から現在の形態に転換」と語っている。短い一文だが、その向こうに、量販店とデジタルの波に押される90年代後半から2000年代前半の数年間が透けて見える。残すために変える、というのは矛盾しているようで、街の小さな店が長く続くために必要な判断だった。
自動補正をオフにする、ということ
ポパイカメラの作業場には、フィルムを現像する機械がある。デジタル時代の現像機には、明るさや色味を自動で整えてくれる補正機能がついていることが多い。多くのラボはその自動補正をオンにしたまま流す。仕上がりが安定しやすく、処理も速い。
ポパイカメラは、その自動補正を切ることがある。
3代目店主の言葉を借りればこうだ。「処理に手間はかかりますが、フィルムの銘柄による写りの違いがしっかり味わえます」。コダックにはコダックの色があり、富士フイルムには富士フイルムの粒子がある。同じ被写体でも、フィルムが違えば写りが違う。自動補正をかけると、その差が均されてしまう。だから手間をかけてオフにする。フィルムの個性をそのまま残す。Hanako の取材では、受付の段階で色調の好みを丁寧に聞き取ってくれる、とも紹介されている。
これは、機械を使いこなす職人の話だ。デジタルになっても、街の写真屋には街の写真屋の手がある。
棚を眺めながら、若い客の話を聞く
CAPA の取材によれば、ポパイカメラの客層は20代が中心。初心者からプロまで幅広い、と但し書きもある。Hanako の取材でも「幅広いお客様」という店主の言葉が紹介されている。
90年続く写真屋に20代が通っている、という話を聞いて、少し立ち止まる。フィルムカメラ世代と言えば、いまの40代より上というイメージのほうが先に立つ。けれど棚を眺めていると、見え方が変わってくる。新作のフィルム、トイカメラ、雑貨の色合い。デッドストックの掘り出し物。常連のためのゴールドカード制度。「季節ごとに商品を入れ替えたり、面白そうなフィルムが発売されたら早めに仕入れたりと、常に新しい情報があるように気をつけています」と店主は Hanako で語っている。情報を絶やさないという仕事を、毎日続けてきた90年。
「みんなが使いやすい街の写真店でありたい」。Hanako 掲載のこの一行が、この店の輪郭を正確に表している。誰かのための聖地ではなく、誰にでも開いている街の店。90年の重みを、入口の高さに変換する仕事を続けているということだ。
駅正面口から、2分
ポパイカメラの住所は、東京都目黒区自由が丘2-10-2、ポパイビルの1階。駅正面口から徒歩2分。営業は11:45から19:15、定休は水曜。公式サイトは popeye.jp で、フィルム現像から雑貨まで、店頭で扱っているメニューが一覧できる。
90年という数字を聞いて、少しだけ街の見え方が変わる。次に手元にフィルムが残っていることに気づいたとき、あるいはスマートフォンのデータをプリントにして手元に残したくなったとき、駅正面口を出て少し歩いてみる。雑貨屋のような外観の写真屋が、いつもの場所にいつものように開いている。
街の写真屋として、90年。次にフィルムを手にする日、駅正面口から2分のその場所へ歩いていけばいい。