ブランデーが 60 年しみている — 奥沢の路地の一本、63 年目の夏
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飲食 奥沢 2 丁目 読 2分

ブランデーが 60 年しみている — 奥沢の路地の一本、63 年目の夏

7 月。中元やお盆の手土産を考える季節に、常温で 2 ヶ月もつ焼き菓子がある。奥沢 2 丁目の路地、洋菓子ロワールのブランデーケーキ。約 60 年、同じ配合で作り続けられている。アルコールを含むため気温の高い時期でも風味が落ちにくい、この街の夏の贈り物のかたち。

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夏に強い焼き菓子、という選択肢

東急目黒線の奥沢駅から徒歩 5 分。奥沢神社のそば、住宅街の路地に洋菓子ロワールの看板がある。紹介記事によれば全面ガラス張りの店構えに木材のクラシックな内装、ショーケースの奥には洋画家・三岸節子の絵画がかかっているという。

夏の贈り物を選ぶのは、案外むずかしい。冷やして届けるものは受け取り側の都合を選ぶし、常温で持ち歩ける焼き菓子でも、7 月の車内や玄関先で崩れないか、少し気を使う。

ロワールのブランデーケーキは、開封前なら常温で 1 ヶ月半から 2 ヶ月もつ。スポンジに 2 種類のブランデーシロップをしみ込ませているため、アルコールの分だけ夏場の劣化に強い。焼き上がってから 1 週間ほど寝かせると風味がなじむ。店側は開封せず 1 ヶ月ほど熟成させることを勧めている。急がずに、ゆっくり食べ進める菓子だ。

1 本入り木箱で 2,000 円台。手土産にちょうど収まる価格帯でもある。

1963 年、奥沢の路地に開いた

藤井克昭氏がこの店を開いたのは 1963 年。今年で 63 年目になる。

開店から 6 年後の 1969 年、藤井氏はフランスへ渡って菓子修業に入った。帰国後はアンドレ・ルコント氏らと並んで、まだ日本に根づいていなかったフランス菓子を日本に普及させた、と sweetsvillage の紹介文にある。1975 年、ポワロンドールを受章。「日本人パティシエとして初めてポワロンドールを受章した」と紹介される節目でもある。フランス政府の農事功労章の受章者としても記録されている。

看板のブランデーケーキが作られ始めたのも、このフランス修業の後だ。約 60 年、同じ配合で続いてきた 1 本 — と考えると、店の年月そのものが 1 本のスポンジにしみ込んでいるようにも思えてくる。

2014 年、厚生労働省の「現代の名工」に選ばれた。当時 78 歳、菓子職人歴 59 年 (タウンニュース報道)。逆算すると、10 代の終わりから菓子に関わってきたことになる。同じ年に紹介された考案菓子「ガトーバー」は、高級ホテルの葉巻習慣から着想して 4 年かけて商品化した 1 本だ。街の路地の一軒で作られた菓子が、4 年かけて世に出るまでの時間の長さ。

甘いものが得意でない人にも届く一本

ブランデーケーキの食感は、とろけるように、ふんわりとしっとり — と各所の紹介で表現される。開封して切り分けると、2 種類のブランデーが染みたスポンジの断面が現れる。

オレンジページの「編集者の手土産」欄では、甘いものが得意ではない料理家も「このブランデーケーキは別」と評したと紹介されている。ブランデーの香りと生地の湿り気が味の中心にある。合わせられる飲み物は、コーヒー、紅茶、赤ワイン、あるいはブランデーそのもの。

ただしアルコールを含むため、運転を控える人と未成年には向かない。手土産で持参する場合は、この 1 点を添えて渡すことになる。

店には常時 30 種類ほどのフレッシュケーキと焼き菓子が並ぶ。ショートケーキ、アップルパイ、マロンパイ、シュークリーム、エクレア、チェリーパイ、エンガディーネ。それに藤井氏考案のガトーバー。ブランデーケーキが看板ではあるが、店頭に立てば選択肢はもっと広い。

街を離れても、店は残る

2020 年 12 月、株式会社藤井商事は株式会社母恵夢に事業譲渡された。藤井氏自身は事業承継後も取締役会長として関わり続けている。譲渡側のセミナーでは藤井氏が「M&A 前後の心境や、M&A 後の会社への関わり方」を語ったと案内文にある。

事業を譲るという選択肢を通っても、奥沢 2 丁目のこの路地には、同じ看板が同じ場所に残っている。63 年目の夏、9 時に開いて 19 時に閉まる。月曜だけ休む。ショーケースの奥に三岸節子の絵がかかっている。姉妹店のパティスリーデフェール (美しが丘)、パティスリーポワロンドール金のフライパン (あざみ野南) と合わせて、藤井氏の菓子は複数の街に根を伸ばしている。

次に奥沢の路地を歩く時

奥沢駅から徒歩 5 分。奥沢神社を目印に、緑が丘駅方面へ東進すると 200 メートルほど先の路地の左手にある、と Tabelog の案内には書かれている。決済は QR コードのみ、駐車場はない。

7 月の中元、8 月のお盆の手土産。あるいは、夏の終わりまで食卓の隅に置いておく 1 本として。60 年しみ続けてきたブランデーの香りは、渡してすぐに開かないほうが本領を発揮する。

奥沢の路地の一軒。路面店のガラスの向こう、ショーケースの奥には三岸節子の絵がかかり、63 年前から続く配合が、今日も同じ場所で焼き上がっている。